古都アユタヤと周辺遺跡|世界遺産を巡る旅(バックナンバー)

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アンコール遺跡ボロブドゥール寺院遺跡群古都アユタヤと周辺遺跡

江戸時代に日本の朱印船もやってきた国際都市

千年の眠りから蘇った幻の都は世界最大の仏教都市
Photo : Ulrich Schiemann / (c) UNESCO

世界遺産の中でも人気の高いアユタヤ遺跡はバンコクから北へ約90km、電車に揺られてわずか1時間数十分のところに広がっています。首都の喧噪に慣れた体には、遺跡を覆う静寂はとても場違いに感じるほどの近さです。
四方を川に囲まれた遺跡に足を踏み入れてまず目に飛び込んでくるのは、廃墟と化した街並。数多くの仏像が残っていますが、ほとんどは首から上がありません。頭部は近くに捨てられていたりします。
アユタヤは17世紀には100万の人口を抱え、東南アジアきっての大都市として栄華を極めました。ヨーロッパとも交易し、国際都市として発展します。日本の朱印船が立ち寄り、山田長政が活躍したことでも日本人にはおなじみです。一時は千数百人の日本人が暮らしていたともいわれます。 写真を拡大する⇒

 
江戸時代に日本の朱印船もやってきた国際都市
Photo : Courtesy of Tourism Authority of Thailand

それから百数十年後の1767年、アユタヤは隣国ビルマによって攻略され、建造物は破壊しつくされます。仏像の多くが持ち去られ、廃寺となる僧院が相次ぎました。黄金に輝いた仏像が並んでいたといわれる王宮も、残ったのは土台だけ。アユタヤの建造物の多くは近代に建設され、建築史的に見れば比較的新しいといえるのですが、ほとんどが瓦礫になっているのは略奪の限りを尽くされたためだといわれています。後にアユタヤの実権を握ったタークシン王が廃墟と化した町を見捨て、チャオプラヤ川の下流のトンブリーに王朝を打ち立てたことから、アユタヤの町は文字通り歴史の表舞台から姿を消すわけです。 写真を拡大する⇒

アユタヤの遺跡を巡り終え、再びバンコクの人混みにまぎれた時に心に去来する言葉は「栄枯盛衰」。遺跡を訪れたことすら、夢物語になっているかもしれません。

 
 
基本データ
英文名 Historic City of Ayutthaya
仏文名 Ville historique d’Ayutthaya
登録区分 文化遺産
登録年 1991年
ホームページ ユネスコ公式サイト(英語)
登録基準 (iii)
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第2問の答

正解は「B」のトカイ地方のワイン産地の歴史・文化的景観(ハンガリー)です。
トカイ地方は世界三大貴腐ワインの産地として知られています。 なかでもアッス・ワインはルイ14世が「王のワイン、ワインの王」と形容したことで有名です。
世界遺産に登録されたのは2002年。ただらなか丘陵と平地に1000年以上続くブドウ畑をはじめ、農場、小さい町が入りくんだ光景が評価されました。もちろん今でも甘口のデザートワインの産地として世界的に知られ、トカイ品種のワインは日本でも珍重されています。
 
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