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フォンテーヌブロー宮殿|世界遺産を巡る旅(バックナンバー)
注目情報
1814年春、首都パリをロシア・オーストリア同盟軍に占拠され、悲嘆に暮れていたフランス皇帝ナポレオンは皇帝の地位を捨て、エルバ島での幽閉生活を受け入れることを決意します。そして4月20日、こよなく愛したフォンテーヌブロー宮殿正面玄関の馬蹄階段で近衛兵たちに別れを告げます。「すみれの花の咲くころに戻ってくる」と言い残して。 写真を拡大する⇒
そんな世界史の1ページを彩るエピソードは、フォンテーヌブロー宮殿には枚挙にいとまがありません。その豊富さは19-20世紀の小説家アナトール・フランスをして「フランスの歴史を学ぶなら本を読むより、フォンテーヌブロー宮殿に行ったほうがよほど勉強になる」と言わしめたほどです。
宮殿自体は、12世紀にはすでに王侯貴族の狩猟の館として存在していたことが知られています。その後16世紀のフランソワ1世をはじめ、アンリ4世、ルイ14世、ナポレオン1世などの時代に増改築が繰り返されてきました。中世、ルネサンス、バロックと宮殿でさまざまな建築様式を見ることができるのは、そのためです。 写真を拡大する⇒
中でも特筆すべきなのが、フランソワ1世がおこなった大改修です。フランソワ1世は天才レオナルド・ダ・ヴィンチをはじめとする数多くのアーティストをイタリアから招き、フランスの宮廷趣味にイタリア・ルネサンスのエッセンスを取り込んで、優美で洗練された空間を作り上げました。
その集大成が、長さ60メートルにおよぶ「フランソワ1世の回廊」です。壁面は古代のギリシャ・ローマ時代をテーマにした14点のフレスコ画で埋め尽くされ、それぞれの絵画の周囲は天使や女神像を描いた手の込んだ化粧漆喰で飾られています。まさに世界遺産フォンテーヌブロー宮殿の目玉といっていいでしょう
さて、ナポレオンですが、幽閉先のエルバ島を脱出し、首都パリに舞い戻ってきたのが1815年3月20日。まさにすみれの花咲くころでした。この日からいわゆる「百日天下」が始まり、ナポレオンは歴史的な大敗を喫するワーテルローの戦いへと突き進んでいきます。ただ、当時のナポレオンにはフォンテーヌブロー宮殿に再び立ち寄り庭園などを散策する余裕はなかったに違いありません。
ちなみにフォンテーヌブロー宮殿の帰り道は、近くのバルビゾン村を訪問するのがおすすめ。ここは印象派が生まれる少し前にミレー、ルソーらがアトリエを構え、農家で働く人々や豊かな森などを描いたところです。ミレーの「晩鐘」「落ち穂拾い」はここで生まれました。豪華な空間のフォンテーヌブロー宮殿と、時が止まったようにのどかなバルビゾン村。その対比は、フランスという国の豊かさを知るうってつけの機会になりそうです。

| 英文名 | Palace and Park of Fontainebleau |
|---|---|
| 仏文名 | Palais et parc de Fontainebleau |
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 登録年 | 1981年 |
| ホームページ | ユネスコ公式サイト(英語) |
| 登録基準 | (ii)(vi) |
| 関連リンク |
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正解は「C」の東京の国立西洋美術館。建築家はル・コルビュジエです。
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