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モスクワのクレムリンと赤の広場 | 世界遺産を巡る旅
注目情報
モスクワの象徴ともいえる世界遺産「赤の広場」。その「赤」は共産主義の色を表していると思われがちですが、ここでいう「赤い」は古代スラブ語で「美しい」といった意味。1917年のロシア革命とは関係ありません。 写真を拡大する⇒
とはいっても「美しい」とは形容できない、しかも世界を揺るがせた歴史的な出来事が、この広場で何度となく発生したことも確かです。広場の東に残る礎石「ロブノエ・メスタ」では民謡にも歌われた義賊ステンカ・ラージンが17世紀末に処刑されたのをはじめ、何人もの反権力指導者が断罪されましたし、1812年に皇帝ナポレオン率いるフランス軍が進攻し、最終的に「寒さ」に追い返されたのもここ。ロシア革命当時には革命軍(赤軍)と反革命勢力(白軍)の戦闘が繰り広げられるなど、血なまぐさい歴史が繰り返されました。
「赤の広場」が「城砦」を意味する「クレムリン」や「聖ワシリイ大聖堂」など広場に面した建造物とともに、世界遺産に登録されたのは1990年。広場は東西に長く伸び、クレムリンは南側に広がっています。クレムリンを囲む城壁の全長はなんと2km以上。高さは高いところで20m近く、厚さも最大で6mに達します。20世紀後半に人々を圧倒した「ベルリンの壁」を上回る堅牢さです。 写真を拡大する⇒
クレムリンは当然、一朝一夕に出来上がったわけではありません。12世紀に登場した当初は木造の砦でした。その後、モンゴルの襲来などに備えて増改築が繰り返され、今日のような立派な城砦へと変貌していきます。それに合わせて、城壁内部には中世ロシアの建築・工芸技術の粋を集めた宮殿や寺院が次々と建てられました。
たとえば、ロマノフ王朝の権力の象徴だった大クレムリン宮殿、ロシア正教会の総本山で、皇帝の戴冠式の場だったウスペンスキー大聖堂、ナポレオン軍が入城し敗走したと伝えられるトロイツカヤ塔の門などなど。博物館となって公開されている旧兵器庫では、女帝エカテリーナ2世の戴冠式で使われた398カラットのダイヤの王冠の華麗さ、歴代皇帝の棺が並ぶ白亜のアルハンゲリスキー寺院では、壁や天井を飾るイコン画の荘厳さに思わず息を飲むに違いありません。
広場の東側にそびえる聖ワシリイ大聖堂は、16世紀半ばの建立。「赤の広場」という名前は、その昔、聖堂の姿があまりにも素晴らしかったことから人々が「美しい」と連発し、それが次第に広場全体を表すことになったとか。この美しい石畳の広場で再び血塗られた事件が起きないことを祈るばかりですが、ただひとつ言えることは、何が繰り広げられても聖ワシリイ大聖堂は昔と同じように静かに見届けているだろうということです。

| 英文名 | Kremlin and Red Square, Moscow |
|---|---|
| 仏文名 | Le Kremlin et la place Rouge, Moscou |
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 登録年 | 1990年 |
| ホームページ | ユネスコ公式サイト(英語) |
| 登録基準 | (i)(ii)(iv)(vi) |
| 関連リンク |
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第2問 申請のあった物件から世界遺産に登録するかどうかを決める世界遺産委員会が、去る7月にカナダ・ケベックシティで開かれましたが、今回、世界遺産として新たに認められた物件は何件だったでしょうか? A. 「5件」 B. 「17件」 C. 「32件」 D. 「56件」 |
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正解はAのフレーザー島です。
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