リラ修道院|世界遺産を巡る旅(バックナンバー)
注目情報
ブルガリアの首都ソフィアから南に120km。人里離れた山奥にまるで要塞のように控えているのがブルガリア正教の総本山、リラ修道院です。 写真を拡大する⇒
リラ修道院の歴史はブルガリアの民族の歩みと重なります。誕生のきっかけは、世の中の乱れを嘆いたひとりの修道士の隠遁生活。この修道士の回りに次第に同じ信仰を持つ若い教え子が集まり、祈りの場所は修道院になっていきました。11世紀にはビザンチン帝国に占領されたため、一時修道院は閉鎖されますが、ブルガリア王国の復活に伴って修道士たちは再び活動をはじめます。
さらに14世紀には国王の庇護を受けて修道院はますます繁栄し、独自の文化をはぐくんでいきました。15世紀になるとこんどはオスマン・トルコの襲撃を受け、再び修道院は破壊されてしまいます。こうした外敵の襲来や地震などの災害から修道院を守ろうと、再建にあたって堅牢な造りを心がけた結果、まるで要塞のような修道院が出来上がったのです。
リラ修道院の再建にはブルガリアの一般の人々も大きな役目を果たしました。たとえば1833年の大火で修道院が炎上してしまった際には、国中から多くの職人が馳せ参じ再建に尽力したとか。それほどリラ修道院はブルガリア人にとって精神の拠りどころとして慕われているのです。 写真を拡大する⇒
修道院内部で目を見張らされるのが、キリストやキリストの奇蹟、天使などをテーマにしたフレスコ画の数々。そこにはブルガリアの文化の豊かさと人々の信仰心の強さを感じないわけにはいきません。

| 英文名 | Rila Monastery |
|---|---|
| 仏文名 | Monastere de Rila |
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 登録年 | 1983年 |
| ホームページ | ユネスコ公式サイト(英語) |
| 登録基準 | (vi) |
| 関連リンク |
|
第2問の答
正解は「D」の最後の晩餐です。
正解は「D」の最後の晩餐です。
ちなみに「A」と「C」はいずれも同じダ・ヴィンチの作品ですが、パリのルーヴル美術館に飾られています。また「B」はやはり世界遺産に登録されているローマ・ヴァチカン市国の「システィーナ礼拝堂」の壁画で、作者はミケランジェロです。
TOP/Photo : Nenko Lazarov / Courtesy of imagesfrombulgaria.com
広告
このページ上に表示される記事内容、あるいはリンク先の記事内容は MSN およびマイクロソフトの見解を反映するものではありません。
- ©2007 地球案内アースナビ All rights reserved.















