コルドバ歴史地区|世界遺産を巡る旅(バックナンバー)|

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アルハンブラ宮殿セビリアの大聖堂コルドバ歴史地区

ヨーロッパ人と砂漠の民が作ったモザイク都市

ヨーロッパ人と砂漠の民が作ったモザイク都市
Photo : (c) 2006-2007 by isotools Consorcio de Turismo de Cordoba

コルドバ一の不思議空間が「メスキータ」です。いや、ヨーロッパでもっとも魔力に満ちた空間といっても過言ではありません。 写真を拡大する⇒

メスキータとはスペイン語でモスク(回教寺院)という意味で、その名の通りイスラム教の聖堂として、以前からそこにあった古代ローマ時代の神殿などを生かしながら、8世紀から10世紀にかけて建設が進められました。しかしヨーロッパ人による15世紀までのレコンキスタ(国土回復運動)以降は再びキリスト教の教会に転用されます。かといって建物のあちこちに施されていたモスクとしての装飾がすべて撤去されたわけではありません。このため内部はイスラム教の香りが残る部分とキリスト教の装飾とが混在しているのです。

アラベスク模様の壁の近くにマリア像があったりと、その融合ぶりは半端ではありません。好例が「円柱の森」という大広間です。大勢の信者が一時に集まるモスクには天井が低すぎたため、イスラム勢力は内部の柱に工夫を加えました。アーチを重ねて柱をかさあげし天井を高くしたのです。その結果、白い石とくさび形の赤煉瓦を交互に組合わせて現在のようなユニークな空間が生まれました。現存するアーチの数は約800本。内部は照明が落とされ、薄暗くなっていることもあってダイナミックな建築美と神秘的な雰囲気とが合体、幻想的な世界をかもし出しています。

 
ヨーロッパ人と砂漠の民が作ったモザイク都市
Photo : (c) 2006-2007 by isotools Consorcio de Turismo de Cordoba

じつは16世紀にこの「円柱の森」が撤廃されようとしたことがありました。ゴシック様式の大聖堂として改築が進められた時のことです。しかしこの計画は一部の円柱を取り払っただけで、すぐに頓挫します。改築着工後、当時コルドバを支配していたカルロス1世がメスキータに立ち寄り、「メスキータがこんな素晴らしいものと知っていたら、工事に許可を与えなかっただろう。お前たちはどこにでも造れるものを造り、この世で一つしかないものを壊してしまったのだ」と嘆いたというエピソードが残っています。 写真を拡大する⇒

コルドバ市民の誇りであるパティオもイスラム文化の名残ということができます。コルドバの人々はかつての日本人が盆栽の見ごとさを競ったように、パティオを自慢しあいます。ハイライトは毎年5月に開催される「パティオ祭り」。審査によってその年の最優秀パティオが選出されるのです。もちろん、これに選ばれることは市民にとって最高の栄誉にほかなりません。

 
 
基本データ
英文名 Historic Centre of Cordoba
仏文名 Centre historique de Cordoue
登録区分 文化遺産
登録年 1984年(拡張1994)
ホームページ ユネスコ公式サイト(英語)
登録基準 (i)(ii)(iii)(iv)
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第2問の答

 正解は「C」の「桂離宮」です。
「古都京都の文化財」は問いであげられていた「賀茂別雷神社(上賀茂神社)」「仁和寺」「醍醐寺」の3物件をはじめ、「賀茂御祖神社(下鴨神社)」「教王護国寺(東寺)」「延暦寺」「清水寺」「平等院」「宇治上神社」「高山寺」「西芳寺(苔寺)」「天龍寺」「鹿苑寺(金閣寺)」「慈照寺(銀閣寺)」「龍安寺」「本願寺」「二条城」のあわせて17件の寺社仏閣などで構成されています。
観光地として人気の「平安神宮」や「大覚寺」「大原三千院」が対象になっていないのはもちろん、「御所」や「桂離宮」が登録されていないのはちょっと意外かもしれません。
 
アルハンブラ宮殿セビリアの大聖堂コルドバ歴史地区
TOP/Photo : (c) 2006-2007 by isotools Consorcio de Turismo de Cordoba
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