天壇 | 世界遺産を巡る旅
注目情報
明が最盛期を迎えようとする15世紀初めから清朝が滅んだ19世紀初めにかけて、北京では皇帝の住居である紫禁城を中心とした東西南北に、天と地、日と月を祭る祭壇が築かれていました。その中でももっとも重要な役割をになっていたのが、陰陽思想に基づいて南に作られた「天壇」です。 写真を拡大する⇒
歴代皇帝は毎年少なくとも2度、ここにやってきました。最初が陰暦正月の15日。皇帝は高さ38m、円形の青い三層の丸屋根が特徴の「祈年殿」にあがり、五穀豊穣を天に祈願しました。もう1回は冬至の日。祈年殿の南側にある「圓丘壇」でその年に起きた出来事を報告したといいます。
天壇の天は文字通り天。言い換えれば宇宙といっていいでしょう。中国人にとって天壇は、宇宙と交信するためのセンターだったということができます。実際、圓丘壇では北極星をまつる儀式がとりおこなわれていたとか。 写真を拡大する⇒
築造は明朝第3代皇帝である永楽帝時代の1420年。敷地内には祈年殿、圓丘壇のほかに、「皇穹宇」「皇乾殿」などの祭祀施設が立ち並び、敷地面積は紫禁城のなんと4倍の約273万㎡に達します。欧米の列強が進出してきた19世紀後半以降は占拠され重大な被害をこうむったこともありますが、その後1918年には敷地すべてが天壇公園として一般公開されます。
かつて皇帝とそのお供しか足を踏み入れることができなかった神聖な場所は、今日近所のお年寄りをはじめ、中国の地方や世界各地からやってくる観光客でにぎわっています。

| 英文名 | Temple of Heaven: an Imperial Sacrificial Altar in Beijing |
|---|---|
| 仏文名 | Temple du Ciel, autel sacrificiel imperial a Beijing |
| 登録区分 | 文化遺産 |
| 登録年 | 1998年 |
| ホームページ | ユネスコ公式サイト(英語) |
| 登録基準 | (i)(ii)(iii) |
| 関連リンク |
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