
流刑入植地の貧しさの中に生まれたオーストラリア料理は、大英帝国による多大な影響を受けつつ、大いに発展を遂げてきた。現在では、世界でも類を見ないほど多彩な食べ物を楽しめる国になった。それは移民たちと、新しいものやよいものは何でも試してみようという、オーストラリア人の食に対する気構えの賜物である。シドニーやメルボルンは、今日はニューヨーク明日はパリへ、と飛び回るグルメ旅行客の舌を満足させられるだけの食道楽の街といっていいだろう。そしてさらに大切なことだが、オーストラリアの国中に花開いた食文化の豊かさには、旅行客を含めすべての人が深い感銘を受けることだろう。
しかしこのような発展を遂げたのは、近年になってからのことである。オーストラリアには世界有数の飲食店がいくつもあるにもかかわらず、食に対する執着は強くない。オーストラリア国民にとって、美食を追求したり、TV出演している人気シェフに酔いしれたり、料理本を買い込んだり、食に関する雑誌が何十万部も売れたり、といった世界は未知のものである。オーストラリアにおける食文化は長い間変わらずに続いてきた。それが今になって、日々進歩するようになったのである。
食というものに傾倒し始めたオーストラリアだが、実は今でもほとんどの人がシンプルな食事を好み、大半のオーストラリア人は「肉と野菜3品」以外の食事には馴染みがない。もっともこれも変わりつつあり、移民(とその料理)が流入し、地方の人ですらインド料理のラッシーからマレーシア料理のラクサまで試してみる(そして好きになる)ようになった。こうした熱心な少数派のおかげで食の水準が向上し、製品が手に入りやすくなり、一般大衆も食に対して熱狂的な関心を持つようになったのである。オーストラリアのシェフや料理本、フード・ライターが世界中で引っ張りだこなのもうなずける。
今日のオーストラリアの料理を評する言葉として、私たちは「モダン・オーストラリア料理Modern Australian」という呼び方を提案してきた。東西が融合した料理であれば、それはモダン・オーストラリアだ。いわゆるフレンチでもイタリアンでもなければ、それもモダン・オーストラリア料理。つまり分類できなかった類の料理をまとめようとしたのである。料理自体は、ある地域から別の土地へ移動したところでまったく別物に変わってしまうわけではない。しかしそれぞれになんらかの影響を受けていることも確かだ。たとえばメルボルンではイタリア系移民の、ダーウィンDarwinでは東南アジア系移民の影響を受けている。
オーストラリア料理にはさほど小難しいところもなく、味は往々にして大胆でおもしろい。スパイスの使い方もマイルドなものから強烈な味まで幅広いし、それにコーヒーの味は格別だ(ただし大都市のほうが最高のコーヒーを味わえるだろう)。肉は柔らかくて味も濃厚で、たいていは値段も格安だ。
ほとんどのオーストラリア人にとって、大都市で食べる世界一流の洗練された料理よりも、海でひと泳ぎした後にサワークリームを添えた皮つきフライドポテトをボウルいっぱい平らげるほうがいい、というのが本音だろう。しかしいずれにしても現在は、現地の人でも旅行者でも等しく、素晴らしい食事を満喫するチャンスがあるというわけだ。
食通たちのお墨つきを得ているのはシドニーのロック・オイスターrock oyster(ニュー・サウス・ウェールズ州の海岸沿いで採れる岩牡蠣)だ。また、クイーンズランドのシー・スカロップsea scallops(大型のイタヤガイ)、タスマニアやサウス・オーストラリアの河口でとれるホタテ貝estuary scallopsも評価が高い。ロック・ロブスターrock lobstersは味も素晴らしいが、値段も極上だ。マッド・クラブmud crabs(ワタリガニの一種)はその名にそぐわず甘い味のごちそうである。もうひとつ、奇妙な名前の珍味がある。「虫bugs」と呼ばれる頭部が大きくて平たいロブスターだが、ロブスターらしくない値段で売られている。バルメインBalmainかモートン湾Moreton Bay産のものを試してみよう。マロンmarronはウェスタン・オーストラリア州の淡水にすむ大型ザリガニで古代生物のような形相をしている。近縁種だが一回り小さいヤビーyabbiesも、南東部ならどこでも見ることができる。クルマエビprawns、特にニュー・サウス・ウェールズ州北部沿岸で見られるスイートスクールsweet schoolやイースタン・キングeastern king(ヤンバYamba周辺でとれる)と呼ばれる種類のものが素晴らしい。
これらのほかにも数え切れないほど多くの種類の野生の魚類がとれるオーストラリアは、地球上で最も自然の恵みを享受している国のひとつと言える。事実、シドニー・フィッシュ・マーケットSydney Fish Marketでは毎日数百種に及ぶ魚介類が取引されていて、東京に次いで二番目の多さである。
だが食材の豊かさとは裏腹に、実際の料理の中で純粋なオーストラリア料理と言えるものは少ない。パブ(パブロヴァpavlova)と呼ばれる、クリームとパッションフルーツで飾った素朴なメレンゲ菓子でさえも、もともとはニュージーランドから来たものである。四角いスポンジケーキ全体にチョコレートをかけてココナツをまぶした菓子、ラミントンlamingtonsについても同じだ。
よその国でしていることはなんでも、自分たちもやってみる。ベトナム料理、インド料理、フィジー料理、イタリア料理…どこから来たのかなんて気にしない。そこには故国を遠く離れてコミュニティーを築いた外国人たちと、彼らの料理を味わうことに熱心なオーストラリア人がいるだけだ。さらに詳しく観察してみると、スコッチボネットという唐辛子を使って料理をする
ジャマイカ人や、タジン(野菜やチーズなど具入りのキッシュ)を作るチュニジア人の姿が見えてくるだろう。そして、彼らの家に新しい土地で知り合った友人たちが頻繁に出入りしていることにも気づくはずだ。
大地から採れる食べ物は、魚介類とは逆に、ほとんどが外国から持ち込まれたものである。あの超高値で取引される黒トリュフでさえ、今ではタスマニアで収穫されている。広大な国土(広さでは北米大陸にも匹敵する)を有するため、熱帯の北部から温暖な南部まで、土地によって気候条件が大きく異なっている。それゆえ非常に幅広い種類の農産物が生産できるというわけだ。
夏にはマンゴーがたくさん出回り、その量の多さにクイーンズランド州の住民はうんざりするほどだ。涼冷な気候のタスマニア州では、おいしいイチゴや、各種の石果(モモやサクランボなど)が採れる。ヴィクトリア州の肥沃な緑の大地では子羊が飼育されており、特に南東部の沃野ギプスランドGippsland産のラム肉は高い評価を得ている。ウェスタン・オーストラリア州にあるホワイト・ロックス農場の子牛肉は特に有名なブランドだし、サウス・オーストラリア州のトマトは国内最高の品質を誇る。
酪農家でチーズ製造をしようとする素晴らしい動きが小規模ながら始まっているが、すべての牛乳に低温殺菌が義務付けられていることが妨げとなっている(これはイタリアや世界最高のチーズ生産国フランスとは異なる)。だがこういった事情にもかかわらず、素晴らしい製品が生まれつつある。ギンピーGympie産やカイトレンKytren、カーヴェラKervellaなどのゴートチーズ、フェンガナPyenganaのチェダーチーズ、マウント・エミュー・クリークMount Emu Creekの羊乳チーズ、ミラワMilawaのウォッシュ・チーズ、それにハイジ・ファームHeidi Farmの製品には特に注目したい。
日ごろ食べ慣れないものをオーストラリア人が試してみるのは、たいてい夕食時だけである。ほとんどの人は今も朝食はシリアルで、週末にベーコン・エッグを食べる程度だ。昼食にはイギリス人に匹敵するほどの勢いでサンドイッチをむさぼり食う。そして夕食にありとあらゆるさまざまな料理を食べるのだ。もっとも、最近は飲茶Yum Cha(中国南部で食される餃子などの食事)が一般に広まり、都市部のオーストラリア人の間では、特に週末に飲茶を楽しむ人が増えてきた。中国人でなくとも中国式の伝統に習って朝一番の食事として食べる人もいる。
銘柄にうるさい人はクーナウォラCoonawarra産のカベルネ・ソービニョン、タスマニアやクレア・バレーClare Valleyのリースリング、マーガレット・リバーMargaret Riverのシャルドネ、バロッサ・バレーBarossa Valleyのシラーズがよいなどと力説しているが、質のよいワインを産出する地域なら、ほかにもたくさんある。
シドニーから最も近いところにあるワイン生産地、ハンター・バレーHunter Valleyは1830年代にワイン生産を始めた場所で、熟成度もちょうどよくすっきりとした香味のアンウッディドunwooded(樽熟成していない)のセミヨンが生産されている。さらに内陸に行くとキャンベラCanberraやカウラCowra、オレンジOrange、マジーMudgeeでもワインを生産している。メルボルンMelbourne近郊にはモーニントンMornington、ベラリーン半島Bellarine Peninsulas、マセドン山Mt Macedon、ヤラ・バレーYarra Valleyなどの産地がある。クイーンズランド州にもワイン生産地があるが、そのすべてが高品質のワインを作っているとは限らない。
サウス・オーストラリア州はワイン生産の中心地だ(アデレードAdelaideの国立ワイン博物館National Wine Center(p746)に行ってみよう)。ほとんどのワイナリーでは、セラーの中で無料もしくはごく安い金額で試飲させてもらえる。もし試飲したワインが口にあえば購入することになる。
規模の経済に基づいて大量生産されているワインの中にも良質なものはたくさんあるが、特に人々の注目を集めるワインの大半は小さなぶどう園で作られている。値段は割高でも絶妙な風味のワインを味わえるのだから、掛け金を上回る見返りが期待できるギャンブルとも言えるだろう。ワイン価格の大部分(約42%)を、オーストラリア政府が課す高率の酒税が占めている。
長い間、ビールは風味が乏しく、きりりと冷やさない限り飲めた代物ではないと思われてきた。しかし最近は小規模の地ビールメーカーがこうした見方を変えつつある。ウェスタン・オーストラリア州のリトル・クリーチャーLittle Creatureというビール(香りのよいビールで「ビールのソーヴィニヨン・ブラン」と呼ばれることもある。)や、シドニーのジェームズ・スクワイアJames Squireというアンバー・エール(上面発酵ビール)、ホバートHobartのハザーズHazards、メルボルンのマウンテン・ゴートMountain Goatなど多くの地ビールが作られている。より広く流通しているものとしては芳醇な味わいでコクのあるアデレード産ビールのクーパーズCoopersなどがある。ほとんどのビールのアルコール度数は3.5〜5%であるから、ヨーロッパ産のたいていのビールよりは度数が低く、北米のものと比べると強い。度数が3%以下の「ライト・ビール」もあり、非常に厳しい飲酒運転の取り締まりを気にするドライバーの間で人気が高まっている。
ビールの注文のしかたは州によって異なる。たとえばニュー・サウス・ウェールズ州では、喉がからからでたっぷり飲みたいなら「スクーナーschooner」(425ml)、それほどでもないなら「ミディmiddy」(285ml)と注文するといい。メルボルンやタスマニア州なら285ml入は「ポットpot」と言う。そのほか、国内のたいていの場所では「グラスで」と注文することができるから、どんな大きさのものが運ばれてくるか見てみよう。パイント・グラス(場所によって異なるが425mlもしくは568ml)はさほど一般的ではない。もっとも、アイリッシュ・パブやヨーロッパ・スタイルのエールを出す店では、故郷を懐かしむ英国人たちのためにパイント・グラスが使われている。
コーヒーに関しては、オーストラリアは最先端にいるといってよいだろう。ほとんどどこのカフェでもイタリア式のエスプレッソマシンを備えているし、焙煎豆を売る店が大流行だ。都市部なら、腕のよいバリスタ(コーヒー職人)がいるのが普通だ。特にメルボルンなら最高のコーヒーが味わえるだろうし、そのたの都市でもたいていはまずまずのコーヒーが楽しめる。田舎町でも多くのところでおいしいコーヒーを出す店が見つかるものだ。メルボルンのカフェ事情は、ワールドクラスといっても過言ではない。このいきいきした熱気に浸るには、市中心部のカフェが立ち並ぶ通りを散策してみるといい。
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