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ハワイガイド|ウィンドワード・コースト - MSNトラベル×ロンリープラネット

ハワイ

エリア別ガイド

ウィンドワード・コースト

オアフ島の東側に当たるウィンドワード(風上)・コーストは、コオラウ山脈に沿って延びている。山々がそびえる内陸は、扇型に広がる起伏や深い渓谷の光景が美しい。ところどころ山の裾野が海岸のすぐ近くまで迫っており、ハイウェイを海に押し出さんばかり。

ウィンドワード・コーストは、北はカフク・ポイントKahuku Pointから南はマカプウ・ポイントMakapu‘u Pointまで続いている。沿岸の主要な町は、カネオヘKane‘oheとカイルアKailuaの2つで、どちらも約10マイル(16km)離れたホノルルへ通勤する人々のベッドタウンになっている。カネオヘより北のウィンドワード・コーストにはのどかなハワイの農村が広がり、多くのハワイ人が額に汗してパパイア、バナナ、野菜の小さな農園を営みながら、大地とともに暮らしている。一般的に島のほかの地域よりも雨が多いため、植物が青々と茂っている。

ウィンドワード・コーストは北東の貿易風にさらされているため、ウィンドサーフィンからヨットまで、帆を使うアクティビティで人気がある。カイルアKailua、クアロアKualoa、マラエカハナMalaekahanaなど、沿岸には水泳向きの魅力的なビーチがあるが、その他の地区の多くは海底に泥が多くてあまり水泳には適さない。嵐があると人を刺すカツオノエボシが流れてくることがあるので、泳ぐ人は十分注意しよう。

海岸沿いの沖合に見える小島のほとんどは、鳥類保護区として保護されている。マングースやネコなどの肉食動物が持ち込まれた結果、海鳥の大部分がかつて住処としていた島々を追われてしまった。そのためこうした小さな島々は、地面に巣を作る海鳥たちの重要な生息地となっている。

ホノルル中心部からコオラウ山脈を抜け、ウィンドワード・コーストへ至るハイウェイは3本ある。パリ・ハイウェイPali Hwy(61号線)はカイルアの中心部へとまっすぐ延びている。リケリケ・ハイウェイLikelike Hwy (63号線)はカネオヘ向かう最短コース。パリ・ハイウェイのような眺望ポイントはないが、いろいろな意味でなかなかドラマチックな道路でもある。ウィンドワード・コーストで一番新しいルートはH3フリーウェイで、パール・ハーバー近くから始まり、景色のいい山間を抜けてカイルアへ至る。

コオラウ山脈を抜けてウィンドワード・コーストへ向かうなら、ホノルルからはパリ・ハイウェイを走り、帰りにリケリケ・ハイウェイを使えば、両方のルートのいいところを楽しめる。

カイルア

人口3万8000人

カイルアはウィンドワード・コースト最大の町だ。内陸部は普通の整備された郊外住宅地といった感じかもしれないが、カイルアの海岸沿いにはサンゴ礁に守られた美しいビーチが延々と続く。木陰の多いビーチ・パークもあるし、ラグーンではアウトリガーカヌーのチームが練習に励んでいる。カイルアは昔からウィンドサーフィンやカヤックのメッカとして知られていたところで、現在では訪れるカイトサーファーの数も増えてきている。町にはバラエティ豊かなレストランが並び、ホノルル住民もしげしげと通うほど。地元住民と観光客がちょうどよく混ざり合っており、ワイキキを離れてリフレッシュするにはぴったりの町だ。

歴史

古代のカイルア(「2つの海」の意)には、数々の伝説が残っている。かつては何人かのハワイの首長がここに暮らし、オアフ最初のメネフネmenehune(ハワイに多くの養魚池、ヘイアウ、その他の石造物を築いたとされる伝説の「小人」)が住み着いたのもこの場所だといわれている。かつてのカイルアはこの地域の政治、経済の中心地だった。小川の水を利用した農地、豊かな漁場、安全なカヌーの着岸ポイントに恵まれたこの一帯には、少なくとも3つの神殿が建てられていた。その一つ、ウルポ・ヘイアウUlupo Heiauは、現在も訪れることができる。

カネオヘ

人口3万5000人

カネオヘはウィンドワード・コーストで2番目に大きな町だ。モカプ半島Mokapu Peninsulaから、カネオヘの7マイル(約11.3km)北のクアロア・ポイントKualoa Pointまで広がるカネオヘ湾Kane‘ohe Bayは、ハワイ州最大の湾で、サンゴ礁に囲まれたラグーンを抱えている。沿岸の大部分は泥が堆積していて水泳には向かないが、ほとんど途切れることなく湾を吹き抜ける貿易風のおかげで、セーリング・スポーツにはもってこいだ。

オリエンテーション

2本のハイウェイがカネオヘの町中を南北に走っている。カメハメハ・ハイウェイKamehameha Hwy(836号線)は海岸に近い道路で、ヘエイア州立公園He‘eia State Park近くを通っている。カヘキリ・ハイウェイKahekili Hwyはもっと内陸側の道路で、リケリケ・ハイウェイと接続しており、平等院Byodo-In templeを越えて北へ延びている。2本のハイウェイは、カネオヘの数マイル北で合流し、一本のカメハメハ・ハイウェイKamehameha Hwy(83号線)になる。

カネオヘ海兵隊飛行場Kane‘ohe Marine Corps Air Stationが、モカプ半島の大部分を占めている。H3フリーウェイは、この飛行場のゲートのところで途切れている

ワイアホレ&ワイカネ

カネオヘの北側の地域は、いくつかの美しいビーチ、なかなか楽しめるハイキングコース、素晴らしい風景に恵まれ、のんびりとした田舎らしい雰囲気が漂う。実は2車線しかないカメハメハ・ハイウェイは、ウィンドワード・コーストの端から端まで延びており、途中小さな町を通過するたびにメインストリートとして道幅が2倍になっている。ワイアホレとワイカネからは、オアフの田舎の始まりだ。このあたりでは、家族経営の養ラン園、小規模なココナツ、バナナ、パパイア農園が営まれている。

ワイカネの町からほんの少し内陸に入ったところに広がるワイカネ渓谷Waikane Valleyは、第二次世界大戦中には大部分が軍事訓練や射撃演習場として使われるようになり、1960年代までそのままの状態が続いた。現在政府は、この土地には未処理の爆発物が大量に残っているため、所有する家族に返却することはできないと主張している。そのために、今も渓谷内部が立入禁止になっていることに腹を立てた地元住民との係争は、現在も続いている。

カアアワ

カアアワ地域では、海岸沿いの道路のすぐ内側にパリ(崖)がそびえており、崖のふもとと道路の間には、かろうじて家が数軒ひしめきあうほどのスペースしかない。町の近くのスワンジー・ビーチ・パークSwanzy Beach Parkは小さなビーチで、主に漁師が使っており、正面には岸壁がある。ビーチから道を渡ると、コンビニエンスストア、ガソリンスタンド、小さな郵便局が並んでいる。たいしたものはないが、ここがこの町の中心部だ。

クラウチング・ライオン

クラウチング・ライオンは、27マイルマーカーのすぐ北に立つ同じ名前のレストランの裏手にある。

伝説によるとこの岩は、火山の女神ペレと妹のヒイアカの嫉妬にかられて争っているときに、山にはりつけられてしまったタヒチから来た半人半神の若者だ。彼が逃れようとうずくまった(クラウチング)とき、岩に変えられてしまったという。

彼の姿を見たいなら、クラウチング・ライオン・インCrouching Lion Innの看板を背にして海に向かい、ココナツの木とその向こうの崖の左側のほうを見上げてみよう。

クラウチング・ライオン・インCrouching Lion Innはしゃれた海辺のレストランで、テラスのバーがサンセットを見るスポットとして人気がある。たった$11で楽しめる夕方早い時間帯のスペシャル・ディナーも評判だ。定番のステーキやシーフード料理など、料理も悪くない。海の眺めは最高だが、写真を撮るならツアー・バスがフレームに入ってしまうのも仕方ないと思っておこう。

カハナ渓谷

昔ハワイの島々は、山から海に広がるパイの形の土地区画、アフプアアahupua‘aによって分割されていた。各アフプアアには、ハワイの人々が生活していく上で必要なものすべてが備わっていた。カハナ渓谷はハワイで唯一政府が所有するアフプアアだ。

西洋人がやって来る前は、カハナ渓谷では湿地で育つタロイモが栽培されていた。考古学者の調査によって、130を超える段々畑の跡、かんがい用水路、ヘイアウの跡、漁の神を祀った祈祷所、多数の住居跡が発見されている。

20世紀初頭にはこの地域でサトウキビが栽培され、小さな鉄道で北方にあるカフク製糖所Kahuku Millまで運ばれていた。第二次世界大戦中、カハナ渓谷の高地は軍に接収され、ジャングルでの戦闘の訓練場として使用されていた。1965年、州政府はここを開発の手から守るために、カウアイ島のロビンソン家(ニイハウ島Ni‘ihauの所有者)から渓谷を買い上げた。今日では約30世帯のハワイ人家族が暮らしている。

プナルウ

この目立たない海辺の町が観光客の興味を引くことはほとんどない。しかしながら、落ち着いた宿が何軒かあるし、悪くないビーチもある。

プナルウ・ビーチ・パークPunalu‘u Beach Parkの細長いビーチは、嵐でさえなければ沖合の岩礁がどんな波でも防いでくれるので、岸辺の浅瀬はかなり安心して泳ぐことができる。ワイオノ川Waiono Streamの流れが速いときや、波が高いときは、河口付近や川から海へ流れ出る水路では注意すること。

ハウウラ

この小さな沿岸の町は、美しい丘陵地と、堂々とそびえるノーフォーク・パインの木々を背にしている。町にはガソリンの給油所が2カ所、食料雑貨店が1軒、セブン?イレブンが1軒あるだけで、ランドマークになっているのは廃墟となった石造りのラナキラ教会Lanakila Church(1853年建造)。丘の上に立つこの教会の隣には、新しく建設されたハウウラ会衆派教会Hau‘ula Congregational Churchがある。道を渡ったところにあるハウウラ・ビーチ・パークHau‘ula Beach Parkは、サンゴ礁に守られているため、おもしろみに欠けるもののたいてい安全に泳ぐことができる。ビーチ・パークでのキャンプは許可されているが、キャンプしているのは大部分が地元の家族連れだ。

森林野生生物課Division of Forestry &Wildlifeが、ハウウラの高台の森林保護区内にある2本のハイキング・コース、ハウウラ・ループHau‘ula Loopとマアクア・リッジMa‘akua Ridgeを管理している。どちらのコースもスタート地点は同じで、コオラウ山脈のふもとの美しい丘陵地へ入っていく。ハウウラ・ループはワイピロピロ渓谷Waipilopilo Gulchをよじ登り、カイパパウ渓谷Kaipapa‘u Valleyの尾根を越えるコース。あまり整備されていないが、その分挑戦しがいもある。何しろ眺めは最高だし、甘い香りのグアバ、フワフワした赤い花を付けるオヒアの木、うっそうと茂るアイアンウッドの木立、高くそびえるノーフォーク・パインなど、道沿いの自生植物も見事だ。2.5マイル(4km)のこのコースは、地元住民や家族連れに人気があり、普通は1〜2時間あれば歩ける。道標が立てられた両方のコースのスタート地点は、カメハメハ・ハイウェイの約4分の1マイル(400m)北の、ハウウラ・ホームステッド・ロードHau‘ula Homestead Rdがカーブしているところにある。ハウウラ・ホームステッド・ロードは、ハウウラ・ビーチ・パークの北端から始まり、町中を走っている。

ライエ

ライエは古代のプウホヌアpu‘uhonua(避難所)、つまりカプを破った者や脱走した戦士が逃げ込む場所であったと考えられている。現在のライエは、ハワイのモルモン教徒コミュニティの中心地となっている。

モルモン教の宣教団が初めてハワイに到着したのは1850年のことだ。ラナイ島にハワイの「ヨセフの町City of Joseph」を設立しようとして、土地取得をめぐる醜聞の中で挫折すると、モルモン教徒はライエへ移ってくる。1865年にはこの地域で6000エーカー(2400ha)の土地を購入し、徐々に影響力を拡大していった。

1919年、モルモン教徒たちは、ソルトレークシティーにある寺院の小型版の寺院を、コオラウ山脈のふもとに建設した。広い遊歩道の端にあるこの厳かな寺院は、ウィンドワード・コーストにあるどんな建築物とも趣を異にする。近くにあるブリガム・ヤング大学Brigham Young Universityのハワイ校には奨学金制度があり、太平洋全域の島々から学生が集まってきている。

マラエカハナ州立 レクリエーション・エリア

マラエカハナ・ビーチMalaekahana Beachは、北のマカホア・ポイントMakahoa Pointと南のカラナイ・ポイントKalanai Pointの間に広がる美しい浜辺だ。細長い砂浜の背後には、アイアンウッドが茂っている。冬には潮流が激しいこともあるが、だいたい一年を通して水泳が楽しめる。家族連れに人気のビーチだが、ボディーサーフィン、ボードサーフィン、ウィンドサーフィンなど、いろいろな海でのアクティビティにももってこい。州立公園のメイン・エリアとなっているカラナイ・ポイントは、ライエから1マイル(1.6km)弱北に位置し、ピクニック・テーブル、バーベキュー・グリル、キャンプ場、トイレ、シャワーなどの設備が整っている。

すぐ沖合のモクアウイアMoku‘auia(ゴート島〈ヤギの島〉Goat Island)は州の鳥類保護区となっていて、狭い砂地の入り江では、水泳やシュノーケリングが楽しめる。島まで歩いて渡ることも可能だが、渡っていくなら干潮で海が穏やかなときが一番いい。浅瀬のサンゴ(尖っている)やウニ(もっと尖っている)を踏まないよう注意しよう。海が深くなっているときは、泳いで島まで渡ることもできる。ただし、島の風上側に向かう潮の流れが激しいこともあるので、十分気を付けること。必ずライフガードに海のコンディションを聞いて、島まで渡っていってもいいかどうか確認しておこう。

カフク

かつては砂糖の町だったカフクでは、道沿いに木造の家が軒を連ねている。昔は町の中心に立っていた製糖所は、1890年から1971年に閉鎖されるまで砂糖を生産していたカフク・プランテーションが所有していたものだ。比較的小規模な製糖所だったため、激化する機械化競争についていけなかったのだ。製糖所が閉鎖されると、カフクの経済は急激に冷え込み、今も不振を引きずっている。

カフクの旧製糖所に隣接する一帯には、郵便局、銀行、プレートランチの店、食料品店、ガソリンスタンドが並ぶ。2004年には、目印の煙突のみを残して、製糖所の取り壊しが始まった。

カフクには病院もある。

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