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イタリア世界遺産|ラヴェンナ - MSNトラベル×ロンリープラネット

イタリア

ラヴェンナ

初期キリスト教建築物群

ラヴェンナ

Hannah Levy

教会や歴史的建造物(うち8つがユネスコの世界遺産)を彩る、初期キリスト教様式やビザンティン様式のモザイクで有名なラヴェンナは、ユスティニアヌス帝とテオドーラ皇后の治世では、ビザンティン帝国(東ローマ帝国)西域の首都だった。 写真を拡大する⇒

無能なホノリウス帝が皇宮をローマから移した402年、ラヴェンナは西ローマ帝国の首都となった。ラヴェンナはマラリア蚊の多い沼地に囲まれているので、北からの侵略者を阻むのが簡単だろうと思ってのことだ。ところが410年、敵はあっさりこの地をよけて、ローマに進軍した。反撃できなかったのか、したくなかったのか、ホノリウス帝は423年に亡くなるまでラヴェンナで無為に過ごし、その50年後、町は首都という地位を失った。

そして540年にはビザンティン帝国の支配下となり、752年にはランゴバルド王国に征服される。1441〜1509年はヴェネツィアの支配を受け、その後、教皇領に編入された。

ローマ人、ゴート族、東ローマ帝国の下で、ラヴェンナは徐々に発展し、地中海沿岸で最も華やかな都市の一つとなった。ダンテが「神曲」で、色彩の交響曲と評したモザイクは、イスタンブールのものに匹敵するほど素晴らしい。近郊にはアドリア海のビーチがあるが、ちょっと魅力に欠ける。

注目情報

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