韓国

儒教の理念

近年の急速な経済発展と近代化にもかかわらず、韓国には今でも儒教思想が根づいている。

500年も続いた李氏朝鮮王朝時代が終焉を迎えてから、まだ100年は経っておらず、儒教の名残は今だに残っている。しかし、儒教とは正確には何なのだろうか。かつては祖先祭祀や、中国や朝鮮の重要な儒学者を祀る廟所、国王による天への奉納を含んでいたが、儒教は宗教ではない。どちらかといえば哲学であり思想であり、理念なのである。

  • いかなるときでも権威と年長者に対する尊敬と服従は不可欠である。両親や教師や上司に決して口答えをしてはならない。兄や姉には礼儀正しく接しなければならない。バスや電車の中では年配の人には席を譲ること。年長者よりも先に食べ始めてはならない。年長者に対して、または年長者のことを話すときは丁寧な言葉を使う。これらを守れなかった場合は、(体罰も含む)重い罰を覚悟すること。
  • 教育は非常に重要であり、教育を受けた者だけが文明人であり、尊敬に足る。大学入試に合格し、よい大学に行くことは人生において重要な抱負である。
  • 男性と女性にはそれぞれ別の役割があり、それぞれの人生を生きなくてはならない。ヤンバン(貴族)の屋敷では男性と女性は違う区画で生活していた。家の中では母親が仕切ってはいても、女性の役目とは一生尽くし、服従することである。男性は家事や料理、子供の面倒を見てはならない。かつては、女性はほとんど何も相続せず、寡婦は再婚できなかった。いずれは変わるかもしれないが、今でもなお女性が家長になることはできない。
  • 社会的地位と尊厳はとても重要である。あなたがなすことすべてがあなたの家族や学校、会社、そして国に跳ね返ってくる。犯罪者は顔を隠し、恥を知る。自分の上司の顔をどんなにわずかでもつぶすようなことをしてはならない。そうすれば、あなたと食事に出たり飲みに行ったりするときは上司が勘定を払ってくれるだろう。
  • 何においても対等な関係よりもまず序列がある。誰が自分よりも年長者で、誰が自分より年少者であるかを決して忘れてはならない。米であっても果物であっても格の違いがある。それは山でも、川でも、帽子でも、ブランド名でも同じことだ。この世界のすべてのものには序列がある。学校も大学もすべて対等ではない。人間も平等ではなく、肉体労働者は見下される。
  • 家族は個人よりも重要である。個人とは過去から未来へと続く家族のささいな一部でしかない。誰もが人生に対して持っている目的は、自分の家族の評判を上げ、富を増やすことであり、そのためには一生懸命勉強し、働かなくてはならない。誰も自分の両親の希望に反した職業を選んだり、結婚をしたりしてはならない。誤った選択は代々築き上げられてきた家族に破滅をもたらす。誰もが結婚し、家系を絶やさないように息子を得なくてはならない。従って同性愛は邪道である。
  • 忠義は大切である。李氏朝鮮時代、何千人ものカトリック改宗者が、自分たちの信仰を捨てるより凄まじい拷問の苦しみと死を選んだ。そして自分の夫が死んだときに殉死した妻は朱子学者たちに忠義に篤い女性であると称えられた。義理のために嘘をつくものは高潔な人間である。そして、親戚や友人が困っているときは助けの手を差し伸べなくてはならない。
  • お金を貯め、浪費をしないこと。鮮やかな色よりも淡い色の服を着ること。肌を露出する服装はふしだらな女性しかしないものである。見せびらかしてはならない。褒め言葉は控えめに。人生は楽しいというよりも厳しいものである。

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