ネパール

ロンリープラネット コラム集

ネワールの町

カトマンズ

ネワール人は、何世紀にもわたりヒマラヤの地に比類ない都市文化をつくり上げてきた。カトマンズ盆地の都市や町では、中央広場の周りに小広場や中庭、曲がりくねった狭い路地、池や寺院が緊密につながっている。近代の建築様式によって村の景観や構造は変わったとはいえ、伝統は根強く残っている。彫刻を施した窓、戸口、彫像、礼拝堂があり、陽気な人たちの住まうネワールの町は、芸術と日常の生活が見事に同居している。

人々の住む家がこの町の都市発展の出発点だった。裕福なネワール人は5階建てまでのレンガの家を建て、屋根をかわらで葺いた。象徴的にとらえると、ネワールの家は階を上るにつれて、清いとされる場所になっていく。チェディchhendi(1階)は商業か家畜小屋、あるいはその両面で使われ、マタンmattan(2階)には来客用に部屋と寝室がある。プライバシーと安全のためこの階の窓は小さく、格子がはめられている。生活の場はチョタchota(3階)が主で、リビングと寝室、織物などの仕事場があり、ドゥクティdhukuti(物置)まで備えてある。この階の窓は大きく、外側に開く雨戸がついている。バイガbaiga(屋根裏部屋)には、台所とダイニング、ブジャコティpujyakuthi(礼拝部屋)、屋上がある。

ネワール人の社会生活が発展したのは、小家族や大家族がチョークchowk(中庭、広場)を長方形に囲んで家を建て始めた頃だ。給水場や寺院、祠堂を備えたチョークは日々の生活の中心になっていき、それは今日でもほぼ変わらない。精巧に装飾されたヒティhiti(水場)は、共同洗濯場や水道場として使われている。やがて祠堂や寺院、パティpati(地域社会や旅行者に利用される建物)が篤志家により建設されていった。

パタンPatanのような大きな街には、僧院が建てられ、これらはグティguthiとして知られる特異な宗教・社会組織によって運営された。かつてグティに運営されていたバハールbahal(仏教僧院)の多くは、今日では公共の生活の場(パタンだけで260のバハールがある)に変わってきている。そこには市場の活気、子供の遊び声、女性のおしゃべり、手仕事のざわめき(織物、洗濯、穀物を乾燥させる)、年寄りの日向ぼっこ、社会景気を論じる男性、そして宗教儀式があり、この光景は何世紀もの間変わらずに存在している。

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