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ニューヨーク

ブルックリン橋

ニューヨーカーにも人気の橋

ブルックリン橋

Dan Herrick

ニューヨークのシンボル、ブルックリン橋Brooklyn Bridgeは、多くの抗議、喜び、悲劇を目撃してきた。1997年には、ハイチ人移民アブネール・ルイマが警官に性的拷問を受けたことに激怒した人々が、この橋をデモ行進した。そして2004年の春には、ゲイとレズビアンの人々が、同性間の結婚の合法化を求める行進を行った。2005年12月、交通労組のストライキが起こった3日間は、大勢の通勤者がオフィスへの行き帰りにこの橋を埋め尽くし、その中にはブルームバーグ市長の姿もあったのだ。 写真を拡大する⇒

この橋を走ったマラソン・ランナーや自転車のツーリング・グループは数えきれないほどだし、毎年7月4日にはこの橋を背景に花火が打ち上げられる。2001年9月11日の悲劇の後には、ダウンタウンの職場から、傷を負い、すすにまみれた何百人もの人々が、歩いたり走ったりしながら、この橋を渡って避難した。だがその長い長い歴史には、語るべきストーリーがまだまだある。

世界初となるこの鉄製吊橋がオープンした1883年、2つの支持塔間の1596フィート(約479m)という長さは、史上最長のものだった。建設工事は度重なる惨事に見舞われたものの、この橋は壮麗な都市景観の一例となり、詩人、作家、画家にインスピレーションを与えてきた。ブルックリン橋は、今でも人々を魅了し続け、世界一美しい橋といわれることも多い。

イースト川に架かるこの吊橋は、プロシア(北東ヨーロッパ)生まれの技師、ジョン・ローブリングが設計した。ローブリングは1869年6月にフルトン・ランディングFulton Landingの埠頭から転落し、橋の建設が始まる前に破傷風で亡くなっている。息子のワシントン・ローブリングが14年間にわたる建設を監督し、予算の超過や20人の作業員の死を乗り越え、何とか橋を完成させた。ワシントン自身も、西側の支持塔建設のために河床の掘削を手伝っている間に潜水病を患い、工事の間はほとんど寝たきり状態だった(彼の妻が工事の監督を務めた)。最後の悲劇が起こったのは、橋が歩行者に開放された1883年6月。集まった群衆の一人が、おそらく冗談だったのだろう、「橋が川に崩れ落ちる!」と叫んだため、群衆はパニックに陥り、12人が踏みつけられて命を落とした。

1980年代前半の大規模な修復を経て、ブルックリン橋は2世紀目を迎えてなお、力強く美しい。市庁舎の東から始まる歩道を歩けば、ロウアー・マンハッタンの眺めが素晴らしい。支持塔の下の展望台で足を止めれば、沿岸一帯の歴史の「パノラマ」を一望できるはずだ。ただし一つ注意。黄色い線で区切られている歩行者用通路から出ないこと。もう半分の通路は自転車用で、通勤やサイクリングの自転車が多数走っている。カメラを構えてうろうろと自転車通路に入ってくる一目瞭然の観光客に、いらついたサイクリストが嫌がらせをすることも珍しくない。そんなごたごたに巻き込まれないよう20分ほど歩くと、ブルックリンに到着する。ブルックリン・ハイツBrooklyn Heightsの真ん中を走るミッダ通りMiddagh St沿いに左へ進み、エンパイア・フルトン・フェリー・ステート・パークEmpire-Fulton Ferry State Parkやカドマン・プラザ・ウエストCadman Plaza Westを過ぎると、華麗なブルックリン・ボロー・ホールBrooklyn Borough Hallやブルックリン・ハイツ・プロムナードBrooklyn Heights Promenadeがある、ブルックリンのダウンタウンにたどり着く。

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