タイの島とビーチ

タイ湾南西部

タイ半島部の横顔

アンダマン海とタイ湾の間にぶら下がる細長い陸のペンダントは、何世紀もの間、政治的にはタイの支配下にありながら、つねにタイのほかの地域とは異なる文化を保ってきた。歴史的に見ると、この半島は古代インドネシア、特にスリヴィジャヤ王国Srivijaya Empireの文化とつながりがある。スリヴィジャヤは、今日ではタイ南部、マレーシア、インドネシアの一部となっている多くの小国を支配していた。スリヴィジャヤ王朝はスマトラ島に本拠を置いていたと考えられており、チャイヤーは主要な衛星都市だった。タイ人たちがシウィチャイSiwichaiと呼ぶスリヴィジャヤの時代は、8〜13世紀まで500年近く続いた。マレー・インドネシア文化の影響は、現在でもパク・タイ族(南部タイ族)の民族性、宗教、芸術、言語にはっきりと見て取ることができる。

地理&経済
両わきを海にはさまれたタイ南部では、人々はおしなべて海から恩恵を受けている。この自然で密接な海との関係がもたらす影響の一つとして、おいしい魚介類が豊富という点が挙げられる。鮮やかに塗られた漁船、吊り網、飾り気のないわら葺き屋根の小屋が、パク・タイ族の人々の生活を彩る。タイ南部を旅する人は、何を期待するにせよ、何度となく「南の楽園」の光景に出会うことだろう。

タイの最も重要な3つの輸出品、ゴム、スズ、ココナツが生産されているので、南部の生活水準は他の地域よりも若干高い。だが、南部タイ人は、ほとんどの富は華人が握っていると言い切る。タイだけでなくマレーシアも含む半島全土で、華人は県庁所在地の都市部に集中している。一方、彼らより貧しいイスラム教徒は田舎で暮らしている。華人の都市集中は東南アジア全体で見られる確たる現実だが、タイ南部やマレーシアのイスラム教の州では、宗教や文化の違いによって、その傾向が一層目立つ。

マレーシア同様、イスラム教徒は半島の西側より東側に多い。これは、イギリスの植民地時代の19世紀から20世紀前半にかけて、プーケットとペナン島が重要な国際貿易の中心地だったため、イスラム教徒以外の人々が主に西岸に移住したことの名残だ。大部分のタイ人はイギリスがタイ領土の半島部を支配したことを断固として否定する。だが現実には、1909年の暹英(たいえい)条約Anglo-Siamese Treaty締結に先立って、イギリスはナラティワート、サトゥーン、ヤラー県における統治を宣言している。

文化&言語
行政上も、民俗言語学的にも、タイ南部は14の地区からなっている。チュンポーンChumphon、クラビーKrabi、ナコーン・シー・タマラートNakhon Si Thammarat、ナラティワートNarathiwat、パッタニーPattani、パンガーPhang-Nga、パッタルンPhattalung、プーケットPhuket、ラノーンRanong、サトゥーンSatun、ソンクラーSongkhla、スラーターニーSurat Thani、トランTrang、ヤラーYalaの14県だ。パク・タイ族の人々は、服装、家の建て方、食事が、北部のタイ人とは異なる。マレーシアと同じ歴史を歩んできたため、南部タイ人の多くはイスラム教を信仰しており、モスクの数が仏教のワットの数を上回る地域が多い。現地の男性は白いレースのハッジキャップか黒いネール風トピ(円筒型の帽子)をかぶっていることが多いし、田舎だと、タイ北部、中部、北東部で着用されているような西洋風のズボンの上に長いサロンを巻くスタイルが好まれているところがある。タイ人イスラム教徒の女性は色鮮やかなバティックのドレスに身を包んでいて、髪を薄手のスカーフで覆っていることもある。

このような地域的な特色は、沿岸のリゾート地を離れ、内陸部の町や都市を訪れるともっと顕著だ。南部の大きめの都市では、数多く暮らす華人が文化のモザイクにもう一つの要素を付け加えている。だから、仏教のワットからマレーの喫茶店、中国寺まで、数ブロックの範囲内ではしごできるというわけだ。中国の影響は、都市の古い建築物、田舎のイスラム教徒以外の人々がはいているダブダブの中国ズボンにも見ることができる。

パク・タイ族はタイ南部共通の方言を話すが、この方言には他の地域のタイ人でさえ混乱してしまう。短く早口な言い回しが使われ、音が短縮されていたりするので、すぐにわけがわからなくなってしまう。そのため、変なスピードでテープを再生しているみたいな印象を受ける。ヤラー、パッタニー、ナラティワート、サトゥーンなどマレーシアに最も近い地域では、多くのタイ人イスラム教徒は、古いマレー語の方言で現在のマレーシア語やインドネシア語に似たヤーウィー語Yawiを話す。時々地名の前に「アオao」、「ハートhat」、「コko」という単語がついていることにお気付きだろう。アオは湾、ハートはビーチ、コは島という意味だ。

南部タイ人はバンコクの統治と(中央)タイの習慣に従うのを渋る反抗的な輩だ、という紋切り型の偏見がある。事実、マレーシア国境地域に暮らすタイ人イスラム教徒(民族的にはマレー系)は、地域の反政府活動を取り締まるタイ国軍による迫害に不満をもらしている。これらの県の地区の中には、タイから分離するという話さえ出ているところもある。だが、近い将来に実現することはなさそうだ。

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